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二重の意味を背負ってステージに立っていた岩﨑大昇というアイドル〜後編〜

さて、前回から延々と語り続けてきた、タイショウの話。後編です。前編に力を入れすぎたので、後編は短いです。お付き合いあれ。

 

前編はこちら。

 

 

さて、「タイショウはなぜ少年院に居続けるのか?」

 

わたしの中で、その答えはふたつあります。

 

まず1つ目の答えは、

「ここ(少年院)が好き」

 

………いやここにきてめっちゃ当たり前のこと言うじゃんってな!

でもそれがすべてだと思う!!!!

 

 

そもそもわたしが「なぜタイショウは少年院に居続けるのだろう?」と疑問を抱いたのは、タイショウの「生まれてきた意味がやっと分かった。みんなのために死ねる」というセリフがきっかけです。

だって、こんなセリフ、もうこの世に未練がないみたいな言い方じゃないですか。

なのにも関わらず、柔らかく温かく笑ってまだ少年院にいる。それはやっぱり「その場所(少年院)が好きだから」なんですよね。

 

ただ好きだからそこにいるのか?

、タイショウはきっと、自分と同じように、少年院を好きになって貰いたいんだろうなあ、と思う。

だからこそ、少年院にいて、たくさんの少年たちを見守っているのかな、と思います。見守るだけでなく、たまに口も出したり(笑)

 

 

タイショウは、大切な仲間が外で待ってる人と会ってほしいから、脱獄を計画する人。誰よりも人の幸せを願ってる人。

 

そんなタイショウだから、どうしても、不幸と思われがちな少年院を、不幸ってだけじゃないよって救ってあげたかったんだよね。

 

 

 

ふたつめの答えは、タイショウが自分の死の意味の行方を追っているから。

「そしてそれから、少年たちは、悲しみを胸に、前へと進み続ける」

 

タイショウは、自分の死を、悲しみとしてだけで受け取ってほしくなかったのだと思う。

彼の死は、彼の仲間たちの道を作っていくための死であってほしかった。みんなが脱獄するために死ぬタイショウは、みんなが外の世界の家族に会って喜ぶ姿を見たかった。

そしてそれは叶わなかったのだと思う。仲間は家族に会えなかった。タイショウは、家族に会いたがっている仲間のために死んだのに、死んでもまだ成仏していない理由って、それしかなくない?

 

 

ここからはさらにさらに憶測だけど、タイショウの死は、ただの「死」としてでしか、受けとられなかったのったのかもしれない。

というのも、ジェシーが戦地にいることや、ジェシーが死んだことで作られた未来がスノストにはあった。彼らは夢を持った。

しかし、タイショウが死んだことで出来た未来はなかったのではないだろうか?本来なら、出来た未来があったのかもしれない。だけどきっとそれを戦争が壊したのだ。脱獄しても、外は戦争だったから。夢を見る、という選択肢すらなかったのかも。

 

 

 

今回の『少年たち』、今までの『少年たち』、共通する終着点は、未来に夢をみる少年たち。

タイショウの存在は、きっと未来に夢を見ない少年たち、もしくは見たいのに見られない少年たちの象徴だと思う。亡霊として、未練が捨てきれない存在となってしまうことは、夢を見られなかった少年たちの切なさの、メタファーだと思う。

 

去年も似たような考察をしてやがるわたし。

 

 

 

結局いつだって、彼らジャニーズがステージに立っている限り、世界は平和なのだ。ジャニーズがステージに立つことが平和というわけではなく、ステージに立っているその瞬間を平和と呼ぶのである。彼らは平和の象徴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、深読みの深読みジャニヲタがとことん語ってきました。

大昇くんが演じたタイショウは、平和でない世界のメタファーだったわけです。

 

ステージに立っている岩﨑大昇平和の象徴なのに、彼が演じているタイショウ平和でない世界の象徴

 

そんなねじれに立っていた大昇くん、演じていた大昇くん。本当に本当にお疲れ様でした!最高の舞台をありがとう!学校もずっと休んでたし、何より夏からず〜っとステージに立ち続けるの、本当に大変だったよね!Bちゃん後半はもう出演者か?みたいなレベルでよゲスト出演お疲れ様!最高!みんなみんなお疲れ様!今年も少年たちは最高だった!

 

また、きっと岩﨑大昇の立つ舞台を観に行くのを楽しみにしています。

 

おわり

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